え~昨日。行って参りました。
47km/hオーバー 6点 赤切符 30日免停とのこと。
情けない限りでございます。
なんというか、でも、この程度で済んでまだよかったんだと思います。
正直ココ最近の自分は浮ついているんだと。地に足がついていないんだと。
深く深く反省をしなければいけませんね。
●「自由に生きること」は「いいかげんに生きること」ではない
おそらく自分は一般的にみて比較的自由に生きているほうだと勝手に思っています。仕事以外は起きたいときに起き、寝たいときに寝る。お腹がすけばコンビニなり、外食なり、食べたいときに食べ、絶えずすることは見つけられるし、飽きたらまた違うことに興味がわく。
でも、締まりどころはきっちりと締めていかないとほんとにテキトーに生きて終わってしまうぞってね。
直感や衝動で生きてしまえるところは、我ながらあっぱれな性格と思いますが、果たさなければならない義務や責任をやや軽視しがちかと。
●「おおらかでいること」は「自分に隙をつくること」ではない
もしかすると、もともとは繊細でややせせこましいタイプの人間のような気が。ただ、そんな自分ではいたくないし、そんな部分はつまらないと思う。そこを否定し続けて二十有余年、意識し過ぎて少しメーターを振り切っているかなと。
過去に積み重ねてきた小さな自己犠牲が、ある種一般的な損得勘定からかけ離れた人格を形成してきているのか。(あぁダメダメじゃん・・・)
「奉仕」という感覚がある。いかにも人間らしい美しい感覚で好きなのだが、世の中「奉仕」であってよしとするところとそうでないところがある。ある基準をもって過剰で不必要な「奉仕」は、受け取り側によっては単なる「隙」となっていることはないか?
●「大胆であること」は「危機感をもたないこと」ではない
相当のビビリだとはおもうのだが、二の足を踏んでいては日々切り開いていくことは難しい。「ええいままよ」とある程度の大ナタをふるって、大股で生きていることが自分を成長させていると実感している。
しかし、単なる思考停止であってはならない。「大ナタ」がうまく運んでいく背景には、分解すると数々の偶然が支えているし、入念な事前の予測なくしての振る舞いは単なる「無謀」ともなりえることを忘れてはいけないぞと。
また、軽率な行動から小さな失敗は数知れず重ねたが、たまたま小さな失敗で済んだということを肝に銘じなければならない。生活のあらゆるところに生活を大きく脅かす可能性のある危機が潜んでいることをもう少し強く意識しなければならないなぁと。
所詮人間はそう簡単には変われない。のど元過ぎれば熱さ忘れる。でもせめて骨身にしみたときくらいは、祈りをこめて書いておこうかな。
4 Comments
大丈夫
そのままで!
うふふw
変わってないなぁヽ(´ー`)ノ
俺、その性格いいと
思うゾ!!(^・^)
>MT10 さん
ありがとうございます!認めてもらってる部分はそのままにしていきたいです。要は考え方ひとつみたいな感じもあるんですけどね。
>yutsuki さん
そやろ~・・・変わらずクールに生きれませんやろ。でも微妙にそんな自分が興味深いと思ってるとこがなかなか重症(汗)
>じぃ~ さん
ありがとうございます!でもじぃ~さんは同じにおいがしますよ。きっと主原料は同じみたいな。産地と調理法が違ったかぁ・・・みたいな。
卓球。最近一枚壁を破った実感が得られてきましたよ。復帰お待ちしていますよ!